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厳しさと愛情 [旅 munich2008]

2008年8月3日(日)20:20

ホテルに戻る途中、バス停にて
老人がニコニコと微笑みながら、うちの子供たちを見ていた。

風貌は、リチャード・ドレイファスのような感じだった。
悪い人ではなさそう。

ドイツ語であいさつしてみたが
その方は、しゃべることができないようだった。

身振り手振りでコミュニケーション。
「何歳?」
「こっちは10歳で、こっちは8歳」
終始、微笑んでいらした。


日本とドイツ。

戦争があって、負けて。
占領があって、祖国分断があって
私が生まれてからは経済成長があって、冷戦の崩壊があって

まぁいろいろあったが
今はこうして自分の家族とともに幸せな時間を過ごせている。


一旅行者の目からみれば、隣の芝生が相当青く見えているかもしれないが
「生きる歓び」
とか
「人生を謳歌する」
という言葉が似合うのは、
現代のニッポンよりも、ドイツのほうだろう。


夜の8時を過ぎて、あたりはようやく暗くなりはじめてきた。

「こんな時間に子供を連れ歩くのはよくない」
という感覚は、まだもっている。
しかし、大人になるにつれ、緩んできているのも事実。


ドイツでは、子供のしつけは厳しいらしい。
親も、先生も基本的には厳しい存在のようだ。

子供たちは、いつか自立しなきゃならないから
将来困らないために厳しく育てる。


仮に、高学歴な人物であっても
公共のマナーが守れない人は、一人前の人間とは見られない。
これがドイツでの一般的な見方だ。
それだけに、自分の行動に責任をもつことが要求される社会でもある。

厳しいばかりでなく、昼間っからビールを飲んで
ブラスバンドが民謡を奏でれば、誰もが陽気になれる。


今回の子供を連れた旅行で、最大の恩恵
ミュンヘンの治安の良さだろう。

その治安の良さは、一朝一夕にできるものではなく
公共における道徳、少年期の厳しいしつけなどが循環し、蓄積し、熟成されてきたのだろう。
そして、それが「生きる歓び」につながっていくのは、なんともうらやましい限り。


かえりみて日本。なんとお寒い状況か。
あたたかいのは、ウォシュレットの温水洗浄だけじゃないか?
イヤ、便座もあったかいよ。

冗談はさておき、偉人の格言風に言うならばこうなる。
甘えて生きるならニッポンを選べ。
ただし、いつしか「生きる歓び」も失うだろう。



日本の会社に当てはめて考えると、↓ こうなるんじゃないかな。

ルールをつくっても、きちんと守らせず、リーダーたちも自らそれを守ろとしない。
全体的になぁなぁの空気に支配され、結局、会社は暗くなる。

厳しく守らせることは守り、良い悪いをハッキリさせる。リーダーも自ら守る。
キビキビ感が出て、会社は明るくなる。
厳しいばかりじゃなく、時にはディズニーランドへ連れて行って思いっきり遊ぶ。
なんなら家族同伴もOKよ。


そう考えると、「厳しさ」と「愛情」は同じもの。
それが心にないから、使い方自体がわからないんだな。

「よそんちの子供を叱れない」
うーん、たしかにむずかしい。自分への自信のなさか?

「本人の自主性に任せる」
たとえば、右も左もわからない新入社員に何も教えないのは、こりゃ罪だわな。


我々は、....少なくとも私は、こうした現代病と、しばらく格闘していかんきゃならんのだわ。


「パネルのとり方がヘタ!」と
回答者に思いっきりダメ出しをするのは
パネルクイズ アタック25の司会者 児玉清氏。

あのダメ出しも、愛情の固まりだったのか?



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